猿一匹 酔って候

介護の現場で働く人たちのための応援WEBマガジン「Live-up Worker」(リブアップワーカー)編集長大西のブログ。活動記録や日々思ったことなど綴っていきます。

「技は見て盗むもの」は真っ赤なウソ

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はい、いきなり売れ線ねらいの意図が見え見えの書籍風タイトルな見出しでスンマセン。今回はいわゆる「職人」の世界の話をしようと思います。

私は以前シリーズで、金物の職人さんたちの取材をしたことがあります。合計4名の方にお話を伺ったのですが、4名とも共通しておっしゃっていたのが

「よく“技は見て盗め”というが、それよりもきちんと教えてあげたほうがはるかに良い」

ということ。

この発言の裏にはどのような意図があるのでしょうか?

まず、基礎はしっかりと手取り足取り教えてあげたほうが早く一人前に育つ、ということ。そしてご自身たちが、付いた師匠になかなか教えてもらうことができず技術習得までに時間を要したため、そのことに対する反発も少なからずあるような気がします。

昔は色々な職人さんのところに弟子入りを志願する人も多く、師匠もいちいち全員の面倒なんか見ていられなかったという時代背景もあるでしょう。しかし現在、伝統工芸の技術を受け継ぐ若い人たちの数は減りつつあります。早く技を伝授して自分の後継者を育てること、ひいてはその世界を継続・繁栄させていく人材の枯渇に大きな危機感を持っていることも間違いないでしょう。

僕の意見ですが、どんな世界でも「基礎」はしっかりと先輩たちが教えてあげる必要があると思います。基礎の欠如は「安全」に反するものですし、貴重な資源を使いモノづくりをするのならば、限りある素材は無駄にできないからです。

そしてある程度基本を習得できてからは、後は本人たちの努力次第になります。

師匠の作業や作品をよく観察する。書籍を買って勉強する。美術館や骨董市などで作品を観察し、必要であれば購入する。このあたりからは弟子一人ひとりの意識の高さやセンスが問われてくることころ。

こうしてできあがった「基礎」の上に、その人の感性やセンスが盛り込まれたものが「作品」として認められ、その人の付加価値となります。ここまできてやっと一人前になれるのではないでしょうか?

一度途絶えてしまった技術は簡単にはよみがえりません。「痛くない注射針」で有名な岡野工業株式会社代表の岡野雅行さんも、同じく職人だった実父から橋の欄干に付いている装飾品(よくスライムみたいな形しているやつ)の鍛造技術を教えてもらえないままお父さんが亡くなってしまったので、いまだに再現ができないと自らの著書で述べています。

技の習得は時間をかけるほど評価されるというわけではないですからね。しっかりと後進を指導して、日本に広く息づく伝統工芸の継承に力を入れていただきたいと思います。しっかりとした指導スキームが完成されているのなら、少しは人材も集まりやすいのではないでしょうか?