認知症研究の第一人者である長谷川和夫氏。認知症診断のツールにもなっている「長谷川式簡易知能評価スケール」の考案者でもあり、その名前は高齢者を抱えている家族の人ならば、おそらくみな知っていることだと思います。
その長谷川氏の近著ですが、つい先日NHKスペシャルの番組でも取り上げられたとおり、長谷川氏自身も3年前に認知症と診断されました。医師として第一線からは退いてはいるものの、いまなお精力的に講演活動などを続けられています。
書籍の内容は、長谷川氏の生い立ちから若手時代のエピソード、キリスト教との出会い、長谷川式スケールを制作する上での苦労話、円熟期を迎え国際会議でホストを務めたときの話など、この1冊で医師としての半生がわかる内容となっています。編集プロセスも秀逸で、認知症についてあまり知らないという人でも、ある程度の基礎知識をつけながら、サクッと読めるかと思います。
個人的に印象に残ったエピソードを一つ。長谷川式スケールを公表した1974年年以降、認知症診察を希望する患者が全国から、当時勤務していた聖マリアンナ医科大学へ押し寄せるようになったときの話です。
当時まだアリセプトなどの認知症治療薬もなく、診断はできてもその後のケアも手探りで、どう緩和していけばよいのかジレンマを抱える毎日でした。そこで長谷川氏は外来の延長でデイケアを開設し、付き添いの家族共々診察後にレクリエーションや簡単な体操ができる場を提供しました。
今でこそ「地域包括社会」が提唱され、医療と介護。そこにボランティアや地域住民などが加わる横断的な高齢者ケアが具現化してきましたが、介護がまだ措置制度だった時代に、このように医療と介護を横串で提供する、しかも医師主導で実現したことは本当に革命的なことだったと思います。
認知症は不治の病と言われていますが、発症のタイミングを遅らせたり、充実したケアの実現で病気を抱えながらも幸せに余生を送れる環境も整いつつあります。その土台には、認知症草創期に苦悶しながらも認知症患者のために心血を注いできた人の情熱があります。この事実は医療や介護に携わる人は決して忘れてはならないと思います。