猿一匹 酔って候

Live-up Works(リブアップ・ワークス)主宰、大西啓介のブログ。2012年からフリーライターとして活躍。企業のPR媒体から、ごみ、リサイクル問題、老人福祉などの分野をメインに取材・執筆活動を行う。現在は東京都豊洲市場に出入りして水産分野でも活動中。

「犠牲者」の背後にあるもの

イスラエル軍によるパレスチナ自治区への攻撃が停戦して数日。完全に平和が訪れたわけではないですが、しばし住民には安堵の日々が続くことだと思います。

 

ロシアによるウクライナ侵攻を含め、世界中の人は毎日のように、爆撃とそれに伴う被害をテレビのニュースを通して知ることになっています。報道では犠牲者の数が報じられていますが、「負傷者」の数やその被害の程度について触れている報道は多くありません。

 

イスラエル軍の攻撃が始まって日が浅いころ、負傷者の様子を海外メディアが報じていました。負傷したのは幼い女の子。彼女は爆撃で両目を失明。将来は医者になることを夢見ていたようで、目が見えなくなった現実と、夢をあきらめなくてはならなくなったことに大きなショックを受けている、とのことでした。

 

世界中で起きている紛争やテロについて、報じられていない「負傷者」の将来を、今後世界規模で救済しなくてはいけなくなると思います。運良く生き残ったとしても、手足の欠損や失明などで、学習や就労が不可能になったり大きく制限されたりする人たちを救うために、どれだけの費用やマンパワーがかかるのかと思うとゾッとします。果たして、各国の小さなコミュニティ内だけで保障できるのでしょうか? 

 

こんなことを考えると、これ以上争いを続けるのは本当に愚の骨頂だと思う。そして戦争を仕掛けた本人たちは、何の処罰を受けることなく、亡命して自らが暗殺されることに怯えながら余生を過ごすのだろうか。