猿一匹 酔って候

Live-up works(リブアップワークス)主宰・大西のブログ。活動記録や日々思ったことなど綴っていきます。

ブログ引っ越しのお知らせ

このたびブログを引っ越ししました。

今後は以下「note」内に日記などを綴っていきたいと思います。すでの同メディアを利用しているクリエイターや読者の方は、フォローしていただけると幸いです。

よろしくお願いいたします(2020年4月15日記)。

https://note.com/liveupworks

『ボクはやっと認知症のことがわかった』を読んで

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認知症研究の第一人者である長谷川和夫氏。認知症診断のツールにもなっている「長谷川式簡易知能評価スケール」の考案者でもあり、その名前は高齢者を抱えている家族の人ならば、おそらくみな知っていることだと思います。

その長谷川氏の近著ですが、つい先日NHKスペシャルの番組でも取り上げられたとおり、長谷川氏自身も3年前に認知症と診断されました。医師として第一線からは退いてはいるものの、いまなお精力的に講演活動などを続けられています。

書籍の内容は、長谷川氏の生い立ちから若手時代のエピソード、キリスト教との出会い、長谷川式スケールを制作する上での苦労話、円熟期を迎え国際会議でホストを務めたときの話など、この1冊で医師としての半生がわかる内容となっています。編集プロセスも秀逸で、認知症についてあまり知らないという人でも、ある程度の基礎知識をつけながら、サクッと読めるかと思います。

個人的に印象に残ったエピソードを一つ。長谷川式スケールを公表した1974年年以降、認知症診察を希望する患者が全国から、当時勤務していた聖マリアンナ医科大学へ押し寄せるようになったときの話です。

当時まだアリセプトなどの認知症治療薬もなく、診断はできてもその後のケアも手探りで、どう緩和していけばよいのかジレンマを抱える毎日でした。そこで長谷川氏は外来の延長でデイケアを開設し、付き添いの家族共々診察後にレクリエーションや簡単な体操ができる場を提供しました。

今でこそ「地域包括社会」が提唱され、医療と介護。そこにボランティアや地域住民などが加わる横断的な高齢者ケアが具現化してきましたが、介護がまだ措置制度だった時代に、このように医療と介護を横串で提供する、しかも医師主導で実現したことは本当に革命的なことだったと思います。

認知症は不治の病と言われていますが、発症のタイミングを遅らせたり、充実したケアの実現で病気を抱えながらも幸せに余生を送れる環境も整いつつあります。その土台には、認知症草創期に苦悶しながらも認知症患者のために心血を注いできた人の情熱があります。この事実は医療や介護に携わる人は決して忘れてはならないと思います。

児童相談所門前払いのニュースについて思うこと

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先日神戸で、夜間帯に助けを求めた小学生女児を児童相談所の職員が追い返すというニュースが報道されました。

https://www.fnn.jp/posts/00050360HDK/202002191905_livenewsit_HDK

かなり大々的に報道されてますね。個人的にこのニュースを見て問題と思ったことは、‟追い返した”以前に、”直接面と向かわず”にインターホン越しに事を済ませてしまったことではないでしょうか?

小学生の女の子が真夜中に助けを求め訪問してきたこと自体異常です。当事者でない僕から見ても切迫していたのがわかります。直接会って、顔色をうかがって、とりあえず話を聞く。万が一事件性があれば、そこで警察に行くように促すのが筋です。インターホン越しに追い返された女児の、突き放された絶望感を考えたら胸が痛みます。

特にビジネスのシーンにおいても、”まずは顔を合わせる”ことは重要だと考えます。仕事柄、編集プロダクションと付き合いのある僕ですが、担当者が代われば、どこかのタイミングであいさつに行くようにしています。海外や地方にいる人であるならば、電話やメールで済ませてしまうのは仕方ないことかもしれませんが、一度でも会えば距離が近づき、その後のビジネスも円滑に進めることができます(そうでない場合もごく稀にありますが…)。

今回対応したのは、ボランティアの非正規スタッフだったとのこと。使命感よりも、面倒なことに巻き込まれたくない気持ちが上回ってしまったのかもしれません。でも、それでは24時間体制にしている意味がありません。世の中に蔓延するSOSに対して、受け止めてあげられる人材が足りず、また教育も不十分なのでしょう。

今回のケースでは、とりあえず中に入れてお茶でも飲みながら話を聞いてあげる。虐待の根本的な解決にはならないものの、面と向かうだけでも、この女児の心の持ちようはだいぶ違ってきたはずです。誰かに話を聞いてほしくて来たわけですから。

 

 

回転寿司は英語で何てーの?

先日「東大生が考えるクイズ」という類の本を立ち読みして、偶然開いたページでなんと全問正解しました。ですから、今日から1か月くらいは東大卒を自称してもバチは当たらないよね、俺??

…さてさて、そのページに書かれていたのが「次の英語群の中で和製英語はどれでしょう?」という問題でした。「サラリーマン」とか「Yシャツ」とか勝手に日本人が作った和製英語って結構存在するんですよね。ところが、そういったワードは当然英語圏の人には通じないので、実際英語では何て言うのかを知る必要があります。こういった具合に、英語で何て説明するのか悩む言葉のひとつが、ずばり「回転寿司」ではないかと思います。

実際のところ「回転寿司」はどう略されているのでしょうか? いくつか見てみましょう。

Rolling Sushi (ローリング・スシ)

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もう、まんまですね。ド直訳。上記のTシャツは築地の土産物屋でも売られています。イラスト効果も含め、観光客に対してもっともシンプルでわかりやすいのかもしれません。

Sushi Train(スシ・トレイン)

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電車のようにつながり、流れているからというイメージでしょうか。この「Sushi Train」はオーストラリアで展開している寿司レストランチェーンの店名に採用されていて、その名前が徐々に「回転寿司」の総称として認知されてきた可能性が高いようです。日本で言うソニーの「ウォークマン」やTOTOの「ウォシュレット」みたいな使われ方でしょうか。ちなみにお台場にある別の回転寿司屋でも「Sushi Train」と書かれていました。

Sushi-Go-Round(スシ・ゴーランド)

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ぐるぐる回ることから「メリーゴーランド」をイメージして付けられたようです。センスを感じますね。ちなみに今から20年近く前に発行された『NHKラジオ英会話入門』テキストのダイアログでこの「Sushi-Go-Round」というフレーズが登場しています。

「回転寿司は英語で何て説明したら…」

「Sushi-Go-Roundはどうかな?」

「あっ、ステキね、そのネーミング」

みたいなやりとりが記されていたので、ここから定着した可能性も否定できません。

 

それでも「Conveyor Belt Sushi」が一般的か???

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「回転寿司 英語」で検索すると真っ先にこれが出てきます。天下のグーグル先生が言うので間違いないでしょう。ただし、口語レベルで「Coveyor Belt Sushi」が定着しているかというとちょっと疑問です。個人的なイメージですが「Why don't you go Coveyor Belt Sushi?」(回転寿司でも食いに行かねぇ?)とネイティブがしゃべっているシーンが想像つきません。単語としてもちょっと長いかなと感じます。

結論

誤解なく相手に伝えたい場合、例えば見知らぬ人に回転寿司やの場所を尋ねる場合などは、無難に「Coveyor Belt Sushi」を。友だちや家族など顔なじみ同士で使う場合はその他の表現でよいかと思います。ただし「Rolling Sushi」だけはちょっと違うんじゃないかと思います。直感的に。

 

骨折しました (涙)

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先日、足の指を骨折してしまいまして、歩くのにやや不自由している状態です。

骨折箇所をかばうようにして歩くので、見た目歩き方がヘンなばかりか、体の左右のバランス感覚がおかしくなり、いつもより疲労を感じます。靴を左右違うものを履くのも体によくなさそうです。

医師によれば完治には2か月近くはかかるとのこと。そのとき、歩き方に変なクセがついていなければいいが… なにしろ本格的な骨折は人生初なので、どのように養生すべきかよくわからんのです。リハビリとか必要なのかなぁ? とりあえずは今年一発目の試練だと思って安全第一および健康第一(←結局どっち?)に努めたいと思います!!

 

年の瀬にクソな話ですみません

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去る12月29日、東京・豊洲市場の周辺エリアを、近隣マンション住人や豊洲市場で働く人たちが合同で清掃活動を行ったそうです。

https://toyosu.tokyo/event/toyosu-market-skyz-gomihiroi/

レポートの結果から、タバコの吸い殻が大量に捨てられていたことがわかりました。僕もこの近くに住んでいて、犬の散歩でちょくちょく市場近くまで来るので吸い殻が大量に捨てられているのは知っていました。

この記事では触れていませんが、市場近くの橋や緑地に、吸い殻のみならず「ある物」もよく落ちているのです。

 

ハイ、それはウンコです。

 

犬が何やらクンクンと地面に落ちている何かをむさぼることがあるのですが、気になって引き離してみると、それがウンコだったりすることがよくあります。暗い時間に散歩に行くと発見が遅れるので、精神的なダメージも倍増です。

最近のマンションはペットの飼育OKなところも増えているので、散歩の最中もよく犬を連れた飼い主に遭遇します。しかし、犬のフンを拾わないマナーの悪い飼い主なんてごく一部だと思うので、その一部の人間によって美観が損なわれているのでしょう。

ただ遭遇するウンコを見るかぎり、やたらとでかいサイズが目立ちます。そしてその横には丸まったティッシュが落ちていたりして…

 

この際だからハッキリ、言いましょう。

 

落ちているウンコの大半は犬のじゃなくて人糞じゃね??

 

実は、市場近くの公園や橋を渡ったところにあるユニ〇ロの建物の裏側は釣りスポットで、曜日や時間を問わず釣りをしている人をしばしば見かけます。公園の中にもトイレはあるのですが、釣りをする場所によってはトイレまで距離があります。その上、人通りが少なく、特に夜は暗くて周りから見えないのでつい粗相してしまう人がいるのだと察します。

犬だろうが人間だろうが野グソを放置するのはマナー違反です。ご存知のとおり来年はオリンピック・パラリンピックが開催されます。このすぐ近くにも会場となる場所や選手村ができる予定です。世界中の目にさらされる場所がウンコだらけとはカッコがつきません。

警告の貼り紙をするとか監視カメラを設置するとか、打てる手立てはやっておくべきでしょう。ちなみにうちの犬は、僕の指を甘噛みするのがクセなので、間接的に僕の手はウンコまみれということになります!

とにかくみんなマナーは守りましょう!!

時は金なり

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今年も残すところあと1か月と少々。齢を取ると時間が経つのが早く感じるとは言いますが、2019年はホントに矢の如しで過ぎて行った気がします。

「時間」と言えば、先日ネット記事でホリエモンこと堀江貴文が、時間を無駄にすることに対する嫌悪感をあらわにしていました。過去も今も、超多忙な生活を送っていると思うので、経営者というか一事業主としてスケジュール管理が厳格なのは当たり前ですよね。正直、この人のコメントは「本当に人の血が通っているのか!?」「てめぇの血は何色だー!?(←これは言い過ぎ)」と思えるほど冷酷で無慈悲(良く言えば合理的なんだけど)なものですが、成功者の一意見として耳を傾ける価値はあるかと思います。

確かに、誰かに合う、電話で話すといったプロセスは、言い換えれば“相手の時間を奪う”ことに相当します。僕も仕事で、お時間をいただき取材することがあるので、「時間を奪う」意識を持たなくてはいけません。

インタビュー記事の場合、僕は極力「会って」話を聞き出すことにこだわりがあります。かつての上司に、この“こだわり”の話をしたところ、「向こうも時間が余っている人ばかりでないから電話やメールで済ませた方がよい場合もあるよね」と軽く諭されました。

それでも書面や電話だけだと、その人の表情や職場の雰囲気など微細なニュアンスをつかむことが難しいのです。自分なりの「発見」がないと、記事は躍動感が生まれないし、書いていてなんとなく味気無さを感じてしまいます。そして相手にも、「時間を割いてでも(大西と)合う価値があった」と思ってもらいたい。ここまで書くと「なんだこの意識高い系?」と思われるかもしれませんが、うまく行けば自分と相手の価値をともに高めることにつながるような気がします。

とにかくトントン拍子でアポを取っていると、つい「時間を奪う」ことの責任感が薄れてきてしまいます。このあたり、もう一度気を引き締めて頑張りたいと思います。自戒の意味を込めて。