猿一匹 酔って候

Live-up works(リブアップワークス)主宰・大西のブログ。活動記録や日々思ったことなど綴っていきます。

新しい時代へ

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元号が「令和」に変わって10日あまり。今回の改元にあたり、天皇制に強く起因することなどから、元号を用いること自体反対する声も聞かれましたね。周囲には「西暦はなじまないから普段から元号を使う」という人もいれば「現自民党政権の思想を汲んでいるから元号は使わず西暦でいく」なんて人もいます。個人的には「そんなつまらない意地なんてはってどーするの?」といった感じですが……

元号を用いることで、時代を「括る(くくる)」ということが可能になります。実は僕の創作活動や嗜好、性格の一部はひとつ前の元号「昭和」で括られた思想や発見が大きなルーツになっていると感じるのです。

その昔、父親が「昭和の名曲全集」みたいなCDセットを通販で購入したのですが、それに付いてくるブックレットがひそかな愛読書でした。

本の内容は、収録曲の歌詞と、昭和元年から64年までの出来事を各年見開き2ページで年表と合わせて掲載するといった内容でした。

自分は昭和55年生まれなので昭和後期の方は記憶にあるのですが、生まれる以前の出来事については、実に多くのことをその本から学びました。言うならば僕にとって一番の「社会科の教科書」だったんですね。

昭和天皇即位から太平洋戦争、戦後の高度経済成長。力道山長嶋茂雄といったスーパースター。『おしん』や『君の名は』(←前前前未来じゃないほう)といった人気テレビ番組。東京オリンピック大阪万博ビートルズ来日。オイルショックバブル経済。そして石原裕次郎美空ひばりという2大スターの相次ぐ逝去で昭和の括りは終わりを迎えます。途中ボディコンのお姉さんやストリップといったちょっとエッチな内容もあって興味が持てたという側面もありますが(笑)、各年ごとに色々な事件や流行、イベントなどが起きて、「括る」にはあまりに雑多で激動的な64年間だったと思います。ただし、どの時期を切り取っても共通していたのは、今を一生懸命生きようとする日本国民の意地や明るさ。そういったものをその本から感じ取れたのです。

バブルの崩壊とともに始まった「平成」。多くの専門家は長引く不況、そして相次ぐ自然災害に翻弄されたことが大きく影を落としていると指摘しています。そのせいか平成はネガティブな印象で括られてしまいがちです。確かに30年間生きた平成という時代は、どこか昭和の人が持っていたタフさが薄らいでしまったように感じます。

それでも心の持ちようで、いかに楽しく仕事をするか、人付き合いをしていくかは改善していけるはず。こういった発想・クリエイティビティはこの先生きていく上で欠かせないものとなるでしょう。

さて、すでに始まった令和。新しい時代はどのような「括り」ができるでしょうか。どのようなハードな時代であっても、常に自分らしさを忘れず元気に生き抜いてやりたいと思います。

高知・矢井賀探訪記 その③

前回からの続き

http://liveupworks.hatenablog.jp/entry/2019/04/11/183506

翌朝目が覚め、玄関を出ると雲一つない快晴。冷めきった空気が頬を伝う中、かすかに刺す太陽の暖かな光は、訪れるには早い春をどことなく感じさせてくれるものでした。

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小嶋さんと「おやまどり」の前で記念撮影。左は奥さんが野菜を育てている畑

大人数で宿泊する場合、ゲストは前日に食材を買い込んで自炊するケースが多いみたいですが、一人旅ではそこまでやる気力も湧かず、もう一つ山を越えた志和(しわ)の町へ、小嶋さんと一緒に朝食を食べに行くことになりました。前にも書きましたが、矢井賀にはお店が一軒もないので軽く何か腹に入れたいと思っても、事前に食材を買い込んで作っておくか、わざわざ車で移動する必要があります。

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食後は矢井賀の漁港や海岸を探索。月曜の朝ですが、働く人の姿はほとんど見かけず、休日と変わらないのどかな時間が流れます。その後、井川さんと合流し、おやまどりから少し離れた場所にある矢井賀小学校を案内してもらうことに。

小学校と言ってもすでに休校となってから10年が経過しており、現在はワークショップや絵画教室など地元住民が集うコミュニティスペースとして開放されています。当時の卒業生たちの思いが詰まった黒板アートなどを見ると胸が詰まります。小嶋さんの子どもたちも皆この学校の卒業生。前日、小嶋さんから見せてもらったアルバムには30年以上前の村の催事や運動会の写真もあり、皆さんの楽しそうな表情を見ると、時の移ろいはなんとも残酷なものだと感じてしまいます。

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築年がそれほど古くなく普段の人の出入りもあるので、建物はきちんと管理されている様子がうかがえた

残念ながら、この小学校を緊急時のヘリポートとして再開発する計画が浮上しており、その場合、学校は取り壊されてしまう可能性が高いようです。現町長は開発に積極的で、議員の中には開発反対派がいるものの次の選挙で再選となれば、近い将来ヘリポートは実現するものと見られます。

前日の「おきゃく」のとき、集まった人たちはヘリポート建設の賛否を口火に、この町をどうしたいのか、どうすることが矢井賀にとって、そして自分たちにとって最良の選択となるのか議論になりました。よそ者の僕は安易に会話に加わることはできませんでした。

とても小さいコミュニティかもしれませんが、若い人も年配者も膝を突き合わせ政治について語る。たった一つの決定や変化だって、この小さな町に住む人の生活を激変させてしまうものになり得ます。こういった真剣さは都心に住む人には欠けているのではないでしょうか?

その後、小嶋さん夫妻に別れを告げ、井川さんの車に乗り込み高知駅まで送っていただくことに。

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久礼大正町市場の入口。高知原産米は独特の蒸れたような香りがあるので苦手な人も多いかも

途中、土佐久礼駅近くの「久礼大正町市場」で昼食。定食屋があるのですが、店頭で売っている刺身を持ち込み500円を支払えばごはん、味噌汁、漬物を付けてくれるスタイル。なんとこれだけ頼んで2人で2000円!

初回で触れたとおり、旅のスタイルは多様化しています。恐らくガイドブックに載っている情報だけでは矢井賀のような場所を知ることも、そして実際に訪れることもなかったと思います。自ら知り得た情報をもとに行動に移す。またそこで出会った人とのつながりによって、旅というものは無限にデザインしていくことが可能になるのではないでしょうか。

なんか『ソロモン流』の船越英一郎みたいなセリフになってしまいましたが、これで今回の旅の締めとさせていただきたいと思います。末筆になりますが、今回の旅でお世話になった方々に改めて御礼申し上げます。

おわり

久礼大正町市場
https://xn--3iqz5v2uac6ljot32netg.com/

高知・矢井賀探訪記 その②

前回からの続き

http://liveupworks.hatenablog.jp/entry/2019/04/08/144804

前日の夜行バスでの移動で疲れていたのか、この夜は非常にグッスリ眠れました。朝の高知市内は雨がパラつくあいにくの天気。とまり木ホステルを後にして午前中は市内観光。路面電車の1日券を購入し高知城へ。

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高知城天守閣からの景色

目的地に着いたころには、すっかり雨も止み晴れ空に。バリアフリーとはおよそ縁遠い急な階段(というよりはしごに近い…)を登り天守閣へ。日本各地の城へは何度か行ったことはありますが、恐らく天守閣まで登ったのは今回が初めてのような…… いずれにしろ素晴らしい景色で、しばし殿様気分を味わう。

再び高知駅に戻り、特急に乗り込み次の目的地へ。実は今回、旅行先に高知を選んだのは、一昨年、仕事で隣接する徳島県に行ったときにご一緒させていただいた「港のネコとおばあちゃん」代表の井川愛さんが活動する「矢井賀」を来訪するためです。井川さんのプロジェクトは、漁港で余った魚を加工しネコのエサとして販売するもの。製品を製造するにあたり地元の女性をスタッフとして雇用。食糧残滓の有効利用と地域雇用を両立するものです。

f:id:liveupworker:20190411182536j:plain 土佐久礼駅のホーム

JR線の土佐久礼(とさくれ)駅で下車。時間は16時近くですでに日も傾きかけていて、駅のプラットフォームから見渡す辺りの景色はとてもさみしいもの。車で迎えに来ていただき、目的の矢井賀まで向かうことに。車に乗り込む前、「大西さん、ネコアレルギーない? 大丈夫?」と聞かれましたが、車内には避妊手術を終えたばかりのケージに入ったネコがいました。野良ネコの繁殖を防ぐために、理解のある獣医のもとへ出向き、定期的に去勢・避妊手術を行う手伝いをしている井川さん。この日お仕事は休みだったみたいですが、公私関係なくネコのためにも地元住民のためにも東奔西走する情熱はすばらしい!

さて、井川さんの住む矢井賀は、土佐久礼からさらに山を2つ越えたところにある集落です。「本当にビックリするくらい何もないよ!」と事前に脅されて(笑)いたものの、着いてみると想像よりもさらに閑散としていました(失礼)。

まず商店が一つもない。郵便局や銀行もない。かろうじて飲み物の自販機が2台あるだけ(吉幾三の歌かよ)。かつてはいくつかお店があったらしいのですが、現在はすべて店じまいしてしまい、買い物は車で隣町まで行くようです。

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「おきゃく」で地元の美味に舌鼓。写真右は小嶋さん製作の薪ストーブ

今夜の宿は、井川さんから紹介された「おやまどり」という場所。「おやまどり」は地元で働く小嶋さん夫妻が始めたゲストハウスで、ホテルや民宿のない矢井賀を訪れる人たちへ泊まる場所を提供するために、敷地内にある一軒家を宿として開放しているのです。

夜は小嶋さん夫妻や井川さんたちが「おきゃく」と呼ばれる歓迎会を開いていただきました。「おきゃく」は高知弁で宴会を意味する言葉で、親戚や友人などを招き、一緒にお酒の席を楽しもうという風習があるそうです。この日は小嶋さんの娘さんの彼氏(フィアンセ?)が釣ってきた魚や地鶏の寄せ鍋などを楽しみました。宴もたけなわで明日に備え早めに床に着くことに。1月の山奥の夜はとても静かで底冷えのするものです。時折、野生の猿のけたたましい鳴き声が夜空に響く中、布団で丸まり朝を待つのでした。

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つづく

港のネコとおばあちゃん
http://yaika-cat.hatenablog.com/?fbclid=IwAR0HBwxXfmw7Rkgrv6-FglX_kQK-rzgVHM_kuD2TMm2yaa57v_mYJQnp9Js

高知城
http://kochipark.jp/kochijyo/

高知・矢井賀探訪記 その①

1月半ばにまとまった休みが取れたので、久しぶりに一人旅に行ってきました。かなり間が空いてしまいましたが、ここで改めて旅の振り返りをしようと思います。

今回訪れたのは高知県。高知を選んだ理由は次回お伝えしますが、初めての場所なのでとてもワクワクしました(←もったいぶんなよ)。

金曜の夜に東京ディズニーランドを出発する夜行バスに乗り、翌朝岡山に到着。そこから鉄道で瀬戸大橋を渡り高知入りするルートです。高知駅を降りたのが昼の12時近く。当日の予定をまったく立てていなかったので駅前にある観光案内所で情報を集め、坂本龍馬ゆかりの「桂浜」へ向かうことに。

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路線バスの1日券をゲットし揺られること30分。海辺に面した桂浜は肌寒かった。しかし快晴に恵まれ、冬の澄んだ空気は青空とはるか海の彼方をキレイに映し出してくれました。浜から少し飛び出たところに「龍王岬」があるのですが、台風の影響で道が破損していたため通行禁止だったのは残念でした。

f:id:liveupworker:20190408143637j:plain陸の先に見えるのが「龍王岬」

1時間くらい滞在して再びバスに乗り、今夜の宿泊先へ向かうことに。

今回選んだのは「とまり木ホステル(TOMARIGI HOSTEL)」
https://tomarigi-hostel.com/

宿を切り盛りする篠田善典さんは地元高知出身。一旦は就職して地元を離れたが、住み慣れた町に戻ってきました。宿泊券についていたドリンクチケットでカフェオレをオーダーし、色々と話を伺う。

2020年の東京オリンピックパラリンピックをピークにインバウンド需要が引き続き高まることはご存知だとは思いますが、全国各地で宿泊施設が足りていないこともあり、初めて日本を訪れる外国人でも気軽に泊まれる宿が少しずつ増えてきています。こういったホステルはただ単純に寝床を提供するだけではなく、スタッフと旅行者がコミュニケーションを図り、情報交換できる場となるポテンシャルを秘めています。確かに豪華ホテルのような設備やサービスは望めないかもしれませんが、旅先でのちょっとしたふれあいによって、外国人が日本に対する親近感を持ってくれるのであれば、日本人としてとてもうれしくもあり誇らしく感じます。

そんなこんなで話しているうちに、一人の女性客がやってきました。中国からの旅行者で、特に予約もしていないけど宿泊できるか? と聞いてきました。ベッドも空いているようで、運よくその方は無事泊まれることになりました。話しかけてみると、日本は2回目らしく、前回友だちと来日してすごく好印象だったので、今回は一人旅で来てみたとのこと。

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とまり木外観(左)と1階のカフェスペース

篠田さんいわく、外国人の旅行者は景勝地や寺社仏閣といったスポット目的で観光に来る人ばかりでなく、具体的な目的もなくふらりと訪れ景色のよいところで読書するなど、いわゆる「何もしないをする」目的で来る人も多いらしい。ほかにも、同窓会で帰郷したが、運転代行を頼むより安上がりなのでホステルで1泊して実家に戻るといった宿泊客もいました。また土地柄、お遍路さんの途中で宿泊する人もいるようです。

人の数だけ旅の種類もある。「旅」が多様化すると同時に、宿も柔軟かつ気軽にお客さんを迎え入れてくれるスタイルのものが重宝されてくるでしょう。そうなれば、今後ますますとまり木のようなホステルが注目されるのではないでしょうか。

あっという間に時間も過ぎ、夕食のため「ひろめ市場」に行くことに。同市場は、いわゆるフードコートのような設計になっていて、飲食店でそれぞれ食べ物や飲み物を買って、中央にあるテーブル席に着いて飲食するスタイル。運悪く金曜夜ということもあり、市場は大混雑。なかなか席を見つけられずにいましたが、キョドっていた僕を哀れに思ったのか、店のおじちゃんが「ここの席、〇時から予約入っているけどまだ時間前だから座っていいよ!」と案内してくれました。

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高知と言えばもちろんカツオの叩き! 定食と手羽先とビールを注文。ところが食っている途中で、予約を入れていた客が来店した様子。しかも合コンぽい感じの若い男女6人組。かなりバツ悪そうに断りを入れ、合コンで盛り上がっているの横目に定食を急いで掻き込むワタシ。酒場詩人・吉田類のようにじっくりと場の雰囲気を楽しむ感じでもなかったため、おつまみとビール、日本酒を買ってホステルに戻り、一人晩酌しながら夜は更けていくのでした。

つづく。

 

ひろめ市場
http://hirome.co.jp/

Live-up Worker サイト閉鎖のお知らせ

皆さま

このたび諸般の事情により「Live-up Worker」WEBサイトを閉鎖させていただく運びとなりました。

2013年のサイトオープン以来、さまざまな方のご協力を得て運営してまいりましたが、この2年間、実質的な更新ができなかったこと、また私自身、福祉・介護系の仕事が減り、別業界の仕事が多くなってきたことも閉鎖の原因にあります。

開店休業状態の媒体をこのまま放置しておくのは中途半端になると思い、今回の決断に至りました。なお、ドメインの契約が4月中に切れるため、それまではサイトを閲覧することは可能です。

これまでご協力、ご指導をいただいた皆さまに対して感謝の念は尽きません。皆さまのご尽力なくしてここまで継続することはできませんでした。本当にお世話になりました。そしてありがとうございました。

WEBサイトは閉鎖となりますが、当ブログ「猿一匹酔って候」はこのまま継続して参ります。お目汚しとなるかもしれませんが、40歳近いオッサンのボヤキや心の叫びに、しばし耳を傾けていただければ幸甚です。

                               2019年3月吉日 

                      リブアップワークス代表 大西 啓介

改めて心がけたいこと2019

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あけましておめでとうございます!

あっ、1か月ズレてましたね(←安定のボケ)。まあ年明けて1発目の投稿なのでね。テンション高く行きましょう。

そんな新年に毎度聞かれる「今年の抱負」。僕個人的には

自分が"できる"ことを人に強いない

ということです。自分の"当たり前"はその人にとっては決して当たり前でない、ということ。

こんな事を書くと「はあテメエ、Perfect Human気取りかよ!?」と言われそうですが、思い出してみてください。新入社員のころ、誰しもが右も左もわからず先輩に色々と教わって成長してきたはずです。そして時を経て、今度は自分が若い世代に物事を教える立場になってくると思います。自分がかつてできなかったことは、新人君たちにとっても難しいテーマとなるはずです。だからこそ「なんでそんな簡単なこともわからないの?」とか「これくらいできて当たり前だぞ」とかそういう概念は持たないようにしようと決めています。

なんでこんな事を思ったかというと、先日、横浜DeNAベイスターズ筒香嘉智選手が会見した、少年野球を取り巻く環境改善の内容を聞いたからです。

筒香嘉智が語った、少年野球における「母親の問題」と「お茶当番」 | 文春オンライン

上記のリンク記事では、主にケガ防止や学業への影響、家族への負担などについて触れていますが、会見の中で筒香選手は「行き過ぎた指導」つまり監督やコーチが子どもたちを恫喝すること、そしてそれによって子どもが委縮し野球を嫌いになってしまう可能性があることについても触れています。

特に強豪の高校などでは、ミスをしたときはもちろん、そうでない普段から子どもたちを怒鳴りつけ時には体罰を加えるような習慣が根付いているのは想像に難くないでしょう。

でも人間なのだから怒鳴らなくても言葉で伝えればわかる。そんな当たり前の、人間だけに許されたコミュニケーションの術を取らずに子どもたちに接する指導者は考えや方針を改めるべき。そもそも「叱る」=「怒鳴る・暴力」では決してない。

そしてさらに問題なのは「大人-子ども」間の問題にとどまらず、「大人同士」でもこういった風潮が根強く残っているケースもあることです。

先日、名古屋にある、とある不動産会社の社長ブログを読んだのですが、その内容に閉口しました。

「何度言ってもわからない社員は給料〇%カットしました」

「もし(俺の)やり方に文句があるのなら、自分で会社を立ち上げてここまで成長させてみろ」

といった内容。他にも気の利かないホテルの従業員へのパワハラまがいの行為など、臆することなく書き綴っていました。これは創業社長にありがちなパターンで、一代で会社を大きく成長させてきた自負もあることかと思います。もしかしたら社員の怠慢もあったのかもしれません。しかし会社が大きくなるにつれ、自分以外の誰かの力を借りなければ会社は維持できなくなります。そういった周囲への感謝やねぎらいの気持ちがあるのならば、決してこのような行動は取らないでしょう。

もしかしたらこの社長も、怒鳴られ、殴られ育ってきた被害者なのかもしれません。どこかでこの負の連鎖を断たなくてはいけないと思います。

”84年組”アイドルの完成形

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年末のシーズンになると色々なところで出店が見受けられますね。先日、JR新橋駅のSL広場で古本のお店が多数出店していたので何冊か購入しました。

そのとき購入した『ラブ・ソングの記号学』(藤田宣永著 角川文庫)の中で気になったページを取り上げたいと思います。

「これはかなり売れるんじゃないかと思った」

1985年(昭和60)に出版された本で、長らく仕事で日本を不在にしていた著者が日本の歌謡曲(このころはまだJ‐POPという言葉すらない)を題材に、当時の流行や比較文化を交えながら、歌詞やアレンジに垣間見えてくる流行歌の傾向、作者や歌い手の心情を掘り下げてみる… といった内容。

その中で、出版された前の年(1984年)にデビューしたアイドルについて触れています。冒頭で何人かの名前を挙げているのですが、当時4歳だった僕が知っているのは菊池桃子岡田有希子くらい。栄枯盛衰が激しい世界なので、いわゆる当たり年ではなかったのかもしれませんが、名前を挙げた中で著者が"最も注目している"と紹介していたのが「吉川晃司」でした。

「長身で、動きがよく、決してハンサムではないけれど、甘い感じと野性味がほどよく混じっていて、これはかなり売れるんじゃないかと思った」と述べています。

同年のデビューではないですが、近藤真彦田原俊彦との比較についても触れており、彼らの代表曲が、自分の気持ち(恋心)をストレートに吐露する歌詞で構成されているのに対し、吉川のデビュー曲『モニカ』の歌詞は、直接相手に訴えかけるような表現は皆無で、少し斜に構えたニヒルな青年の様子が描かれています。「アイドルのデビュー曲としては日常感覚がなさすぎる」としながらも「それが吉川が歌うと妙にキマる」と評しています。

50歳を超えての歌手活動。作詞作曲はもちろんステージ上ではギターも弾く。バック宙もする。シンバルキックもすると派手なアクションは健在。役者としても力をつけていて、こちらも各方面で高い評価を得ています。老化をポジティブな言葉で表す「ロマンス・グレー」の最たる具現者が吉川なのではないでしょうか?

ここまで挙げた名前を振り返ると、岡田有希子は故人であり、マッチやトシちゃんは事務所の影響力で生き残っている感は否めない。そう考えると、自然な形で自分らしく活躍している吉川に憧れる人が多いのも頷けます。そして遡ること30数年前に吉川の将来に大きな期待を寄せていた藤田さんの慧眼も実に鋭いものでしたね。

こうした時代の流れを感じる文献に出会えるのが古書をあさる魅力なんですよね。さて、恐らく今回が年内最後のブログ更新。ちょっと早いですが皆さんよいお年を!

 

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