猿一匹 酔って候

介護の現場で働く人たちのための応援WEBマガジン「Live-up Worker」(リブアップワーカー)編集長大西のブログ。活動記録や日々思ったことなど綴っていきます。

ケイスケと名の付く男は逆境に強い(多分)

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 おはようございます! 連日のサッカー・ワールドカップの観戦で寝不足気味です。

日本ですが、初戦のコロンビア戦を2-1で勝利。続くセネガル戦も2-2で引き分けとかなり絶好調なのではないでしょうか。

日本は大会前にハリルホジッチ監督を解任し、本番直前の練習試合でも結果が出ずに針のむしろ状態だったと思います。それでも味方を信じ、自分を信じてここまで良い成績を残しています。スポーツは結果が全て。失うものはないのでこのままひたすら突き進んでほしいですね!

そういえば過去の大会を振り返ると、

98年フランス → グループ予選敗退
02年日韓 → ベスト16
06年ドイツ → グループ予選敗退
10年南アフリカ → ベスト16
14年ブラジル → グループ予選敗退
と来ています。

グループリーグ突破と予選敗退が交互に来ているので今回は行けるんじゃないかと適当な予想(笑)。ただグループリーグを突破した後に、なんとなく「日本サッカーは強い」「日本は世界に通用する」といった風潮が蔓延し、その油断からか次の大会ではまともな結果を出せていません。特に今回勝ったコロンビア戦では前半早々に相手に退場者が出たという運が味方したのも事実。

「ダメじゃん」→「やるじゃん!」→「やっぱダメじゃん」のスパイラルでここ数年来ていますが、常に安定した成績を残せるようなナショナルチームになっていってほしいですね。

そんな逆境に負けじと、私も昨日、日付をまたぎましたが(0時5分くらい)原稿を無事お客さんへ納品することができました(ロスタイム弾)。いつしか仕事の合間にリフレッシュで食べるミンティアは欠かせない存在となってしまいました。結構な消費量です。ただ食べ続けたせいか“どんな難題を出されていても切り抜けられる”という何の根拠のない自信だけは常にあります(笑)。

朝の来ない夜はない。今いる状況を何とか抜け出せる術はあるはず。暗い闇に包まれていた日本に、いま朝焼けの光が差し込んできた瞬間なのではないでしょうか。

人生100年時代ってマジですか…?

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最近「人生100年時代」という言葉をよく耳にします。

医療や衛生環境、食生活が大きく改善されたことにより、日本人の平均寿命は男女とも80歳を超えました。長寿命化にともない、長くなった余生を充実かつ安心して乗り切るために、金融や保険も「人生100年時代」を謳い文句にあの手この手で商品を展開し始めています。首相官邸のHPでも大きく紹介されていますね。

www.kantei.go.jp

確かに平均寿命が延びているのは事実でしょうが、正直「100年」という数値には疑問を抱いてしまいます。今現在の高齢者は、多くが戦争もしくは戦後の貧しい時期を経験している人たちで、粗食で健康な体づくりに努め、ガンなどの病因となる環境汚染物質にもさほど触れずに生きてきた人たちです。

しかしこれから高齢期を迎える人たちは、言ってしまえばもっとユルい環境下で生きてきた人たちで、いくら医療や食生活が良くなったからといって、きちんと長生きできる素養がともなっているとは思えません。

先日骨折で入院している祖母のお見舞いに行ってきました。祖母は90歳。認知症の進行もあり、骨も弱っているので、これまで何度も入退院を繰り返しています。これまで介護をしてきた母も「(長生きでも)生きているのではなく、生かされているだけなんだよね」とポツリと嘆いてました。

今国を挙げて「介護予防」に取り組んでいるのはご存知でしょうが、病気やケガ、認知症と無縁で100歳を迎えられる人なんてまずいないでしょう。これが現実なのに「100歳まで元気」「生涯現役」「最期まで自分らしく」といった根拠のないポジティブな言葉が目立ち、「人生100年時代」は数値だけが独り歩きして、そこにたどり着くまでに待ち構えている困難を排除しているような気がします。

誰しも独力で高齢期を乗り越えることは難しいでしょう。見守る家族、介護スタッフ、いずれの手も足りていないのに、“ただ生かされているだけ”の100歳が増える世の中を、一体どれくらいの人が想像し危機感を抱いているのでしょうか?

 

 

振り込め詐欺防止 …なるか?

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先日仕事である家に電話をかけたところ、冒頭のガイダンスで「この電話は振り込め詐欺防止のため、会話を録音しています」と流れました。

こんなケースはまったく初めてのことだったのでちょっと戸惑いましたが、こういったサービスというか措置もあるんですね。

mainichi.jp

100%の防止策ではないにしろ、このガイダンスであわてて電話を切るやつも出てきそう。犯罪防止に少しでもつながればいいのですが、あまり世に周知されてないのも事実。特に高齢者だけで暮らす世帯にはなるべく普及してほしいものです。

 

そういえばまだ実家で暮らしていたころ、妹を名乗る者からオレオレ詐欺の電話を受けたことがあります。

「〇〇(妹の名前)だけど、事故起こしちゃって&%F#””&’S!!」といった具合で受話器の向こうで泣き叫んでいました。モロ男の声で。

しかし妹の名前は合っていたし、どこかで我が家の個人情報がもれていたことは間違いありません。怖い世の中だ。

 

先日の別のニュースでは、関西に住む高齢の女性宅に息子を名乗る男から電話があったそうですが、関西弁ではなく標準語でしゃべっていたことを母親が不審に思い、騙されたふりをして犯人逮捕に至ったようです。

防止策も大事ですが、いったん少し冷静になって状況を判断すればかなりの犯罪が防げるのではないのかなと思います。そこがなかなか難しいところではあるのですが、最近は、多額の現金を引き出そうとしているところを怪しく思った銀行員やコンビニの店員の機転(声かけ)で防げたケースもあります。

人間って誰かに守られて生きているところがあると思うんです。知らない誰かが相手でも、他人に少し気を配ることで大きな成果につながることもあるんですね。

お互いが「ありがとう」

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いよいよGW突入! 気候も暖かくなりのんびり過ごす良い季節となりましたね。

さて、僕は今のマンションに引っ越してきてから路線バスを使う機会が増えました。最寄駅まで少々距離があるのと、電車の初乗り運賃が高いこともありバスをよく使います。1本で自宅ー銀座~東京駅まで行けるので便利なんです。

ここ数年、バスに乗っていて思うのですが、運転手の接客態度が格段に良くなったような気がします。停留所に着いて扉を開けるとき「お待たせしました」とか、「急停車します、ご注意ください」とか、次の停留所を知らせる自動ガイダンスに加えわざわざ口頭で「次は〇〇です」「降りる方はいらっしゃいませんか?」と付け加えたりとか… 正直そこまでしなくていいよ、と思えるくらいです。

僕が小さかったころ、大体バスの運転手は愛想が悪かったのを思い出します。もともと路線バス会社はそのほとんどが鉄道会社系列であって、どこか親方日の丸なところがありますからね。

まあ、お客さんに気持ち良く利用していただこうという取り組みは素晴らしいことだと思います。しかし最近、利用客側の態度にも変化が見られるようになりました。

通学などで小学生くらいの子どもをよく見かけるのですが、下車する際、ほとんどの子どもが「ありがとうございました!」と運転手に告げて降りているんです。おそらく学校であいさつをするように教育されているのではないかと思います。これは僕が子どものころになかった習慣です。

日本では「お客さま=神様」という利害関係がはっきり明確になっていますが、鉄道(バス)はその例外だったと思います。しかし今、サービスを提供する側と利用する側がこうやってお互いに感謝の言葉を口にするようになりました。バスだけでなく色々な業態でこういった習慣が広まってくれたらいいなと思いました。

 

不動産広告とデイサービス

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このところ毎年取り沙汰されていますが、介護事業者の倒産件数が過去最多を更新したようです。

競争の激化で淘汰が加速 介護事業者の倒産、過去最多を更新 昨年度

いま仕事で不動産関連の広告を目にする機会が多いのですが……

1. 最寄駅から徒歩10分以上の住宅地

2. ビルの1階または平屋

この2つの条件に合致する空き家のほぼ半数以上、およそ80%くらいはデイサービスや訪問介護ステーションが撤退した後の区画です。介護でダメだったのにも関わらず「デイサービスに最適!」なんて広告の謳い文句が書いてあるのには辟易しますが、貸す側としては居抜き(前テナントが使っていた設備や残置物をそのまま流用する)ほうが都合よいんですよね。

特にデイサービスの特徴として入浴設備があります。これを原状回復せずに新しい借り手に使わせるのであればやはり同業種… ということになります。上記の記事にもありますが、これからのデイサービスは医療連携があるなど何かしらの特徴や強みがなければ生き残っていけません。一旦事業参入の壁が下がったとはいえ、すぐさま淘汰が始まったのでホントに厳しい世界ですね。

ヒーローの条件

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一昨日の春分の日、妹の新築祝いに行ってきました。今年で2歳になる甥っ子は「アンパンマン」が大好き。旦那さん方のいとこからいただいた、初期のアンパンマンの絵本を見つけました。

表紙を見ると、なんともさえない顔つきで、今のかわいらしいアニメの描写とは似ても似つきません。

ストーリーは、砂漠の中でさまよう旅人に顔を分け与え、次のお腹を空かせて困っている人にも顔を与えて、最後はパン工場のエントツに逃げ込んでジャムおじさん(ただしこのころは名前なし)に新しい顔を作ってもらう、といった内容。現在のアニメでも顔を分け与えるシーンは出てきますが、顔の一部をちぎって渡すレベルではなく、一人目の旅人には顔の約半分を、もう一人の人にも残り半分を分け与え、最後は首から上がないかなり気味悪い状態で空を飛びます。

こんな不気味なヒーローをなぜ絵本にしたのか。巻末の作者のコメントを読めばすべてがわかります。作者のやなせたかし氏は、もともとヒーローものを描きたかったようですが、「颯爽と現れて、ほぼ無傷の状態で悪者をやっつけ去っていく」といった従来のヒーロー像に疑問を感じ、一石を投じたかったようです。

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「正義を守ろうと思えば必ず自分も傷つくし、犠牲や献身なくして正義は成り立たない」

こう残しています。確かにアニメのアンパンマンも顔の一部が欠ければパワーダウンしますよね。

読んでいるうちに、小学生のときに国語の授業で習った足尾鉱毒問題の「田中正造」を思い出しました。明治時代、渡良瀬川に流出した鉱毒問題解決のため人生をかけた政治家です。私財のほとんどを売り払い活動資金に充て、明治天皇に訴状を持って直訴し問題解決に努めました。

当時の情勢を考えると、無断で天皇に近づけば死罪すら可能性があったことだと思います。それでも信念があったからこそ、地元民のために貫かなければならない「正義」があったからこそこのような行動に移せたのだと思います。

「No Pain No Gain(痛みなくして得られるものはない)」

口先だけうまいことを言う人は大勢いますが、誰の心も打たない、何の結果も残せてないのは、自己を犠牲にしてまでやりとげたい“強い思い”がないからなのではないでしょうか? 今の時代、本当のヒーローっているのでしょうか?

 

映画『サファリ』を観て

先日の久々の休みの日、渋谷までドキュメンタリーの映画を観に行ってきました。最近はアウトプットばかりでいい加減スッカラカンのカッピカピ状態になってきていたので、よいリフレッシュになりました(笑)。

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『サファリ』はオーストリアのウルリヒ・ザイドル監督が手がけた作品で2016年に公開されました。今回日本で上映された経緯ですが、高校時代の友人である配給元のサニーフィルム代表の有田君(写真左)が直接制作サイドにオファーを出してやっと日本での上映が実現したようです。僕は正直映画ビジネスに関しては疎いのですが、一つの作品を上映するまでに多大な時間とコスト、マンパワーを要することは知っています。「どうしても日本で上映すべき作品」という彼の熱いコメントを見て、なんとなくではあるけどこの映画を観たい気持ちに駆られていきました。

テーマはアフリカのサバンナで繰り広げられる狩猟(トロフィー・ハンティング)。合法的な狩猟とされているが、裕福層である白人たちによる、あくまで“趣味の”域で行われている殺害行為です。

約1時間半の上映時間のほとんどが、ガイドに付き添われ狩猟をする客に密着しているシーンのみです。

遠くの位置から獲物である動物をねらいライフルの引き金を引く。双眼鏡でターゲットが倒れたのを確認してからその場所へ向かう。死亡を確認した後、倒れた動物と記念撮影を行う。狩りには親子で来ている者、恋人同士で来ている者。老夫婦。途中挟まれるインタビューのシーンでは、目的の動物の名を上げたり、それら動物の値踏みをしたり、使用する銃のスペックに対するこだわりを語ったりと、そこに「殺害」に対する自責や憐憫の色は一切ない。しかも「(病気で)弱った動物を間引くことは繁殖を手助けすることにもなる」と開き直ってさえいる。

僕自身、こんな蛮行に面白みを感じないし、心底無駄な殺生だと思います。しかし観光・ガイドとしての収入源となるほか、食肉や毛皮としても再利用されるなど、現地の人たちの生活の大きな手助けになっているのも事実。始めは「許せない」という思いが強かったが、観ている途中で「牛や豚、鶏の殺生と何が違うのか」「動物はNGで魚(釣り)はOKのその根拠は?」といった具合に、結局は「多くの命の犠牲の上に我々人間の命は成り立っている」という、誰もが目を伏せる当たり前の事実を突きつけられ、自分も間接的にその行為に加担しているということを痛感しました。

途中キリンを解体するシーンも出てきますが、不思議と目をそらすことなくスクリーンに集中することができました。

映画の最後の方で出てきた、印象に残ったハンターたちのコメント

「人間がピラミッドの頂点に居ることが一番の問題だ」
「世界は人間が増えすぎてしまった」

自己弁護が得意な欧米人らしいコメントだが、やはり彼らにも罪の意識はあるようだ。

 

www.movie-safari.com