猿一匹 酔って候

介護の現場で働く人たちのための応援WEBマガジン「Live-up Worker」(リブアップワーカー)編集長大西のブログ。活動記録や日々思ったことなど綴っていきます。

車いす男性、介助拒否のニュースについて思う

f:id:liveupworker:20170630141837g:plain

つい先日、車いすの男性が飛行機への搭乗の介助を職員に断られ、自力でタラップを登り搭乗したことがニュースで取り上げられました。

日本の航空会社、車いすの男性を自力で搭乗させる - BBCニュース

航空会社のバニラ・エアは、この措置は不適切だったと本人に謝罪しましたが、事前に車いす利用者であることを航空会社に連絡しなかったこの男性にも非があるとの声も上がり、ちょっとした騒ぎになっています。

足の不自由な人に対して、這いずりながらタラップを登らせるなんて非道な光景に映るかもしれませんが、設備が不十分な地方の空港で、大の大人をおんぶをして搭乗させるのは大変な危険がともないます。万が一、おんぶしたままタラップから転倒しようものなら、この男性も介助にあたった空港スタッフも大きなケガを負ってしまうことでしょう。「事前連絡なしで準備が整わず、かつ安全が担保できないのならば手は貸せない」。この航空会社の判断は決して間違いだったと責められるものではないと思います。

実はこの男性、木島英登さんは、車いすで世界各国を旅し、訪れた国々での出来事や各国のバリアフリーの現状などを自身のHPで紹介したり、いくつかの書籍を上梓したりしている方で、かつて私が携わった障がい者の支援雑誌に寄稿いただいたこともあります。

今僕の手元にある木島さんの旅行記では、南アフリカを訪れており、空港はもちろん、ホテル、レンタカーなどを利用する際も、すべて車いすユーザーであることを事前に告げず、その場で対応してもらったと書かれており、同国のバリアフリーの進み具合、そして働くスタッフの手際の良さに大きく感銘を受けていました。

今回のバニラ・エアの件では、事前に車いす利用者であることを連絡すれば、飛行機利用を断られる恐れがあったという理由で告げていなかったようですが、恐らく木島さんとしては、アポなしでどれくらい対応してもらえるものなのか、その国・地域、サービスを提供する会社のバリアフリーへの理解と対応度をありのままにブログなどを通じて波及しておきたかった。そんな思いがあったのかと思います。

僕が雑誌制作に携わった中で、障がい者ご本人とその家族は例外なく「諸外国のバリアフリー対策、そして人々の障がい者への理解が素晴らしい、日本では考えられない」と言っていました。翻せば、それは日本の未熟さを指摘するものであり、大きく後れを取っている法整備・教育に対する皮肉のようにも聞こえました。

今回のこの騒動は「どちらが悪いか?」という問題でなく、お互いのミスマッチ(不理解)が原因のように思えます。JALANAとは違い歴史の浅いLCC(格安航空会社)は、どういった対応をするべきなのか、バリアフリー対策と職員教育のノウハウのない会社の問題点が浮き彫りになったことだと思います。同時に「事前に断られると思った」という理由で連絡をしなかった木島さんですが、航空会社に猶予を与えれば、もしかしたら何らかの措置が取れたのかもしれません。

どうしても安全の観点から「できるorできない」という問題は起きてきます。ただ、これまでのトラブルを糧にして、企業と利用者(言い換えればハンディのない人とある人)がお互いができること、事前に配慮しておくべきことなどを洗い出して対策を取る、マニュアルを作っておけば、お互いのミスマッチの距離が少しずつでも縮んでいくのではないでしょうか。そういった努力や工夫が最終的に障壁を取り払う(バリアフリー)ものになるのだと思います。

 

 

 

マイ箸を持つ理由

f:id:liveupworker:20170625124157j:plain

かれこれ10年前くらいからマイ箸を持ち歩いています。「マイ箸使っているんだ、えらいね~」とか「エコだね~」とかよく言われますが、正直環境保全のためではないんです。あまりに色々言われるので、ここいらで僕がマイ箸にこだわる理由をハッキリさせておこうと思います!!

臭いに敏感な方ならばわかるかもしれませんが、安い割り箸は漂白剤の臭いがキツく、かけそばや丼ぶりものなど温かいものをつまむとさらにその臭いが増幅されて、ハッキリ言って食欲が失せてしまうレベルに感じることがあります。そのため極力自分の箸を使うようにしているんですね。

最近は洗浄してリユースする箸を使う飲食店が増えたことで、マイ箸の出番は減りつつありますが、アウトドアでごはんを食べるときには必須のアイテムです。

ちなみにケース(箸を巻いている布)は買ったときのままですが、中身の箸はかれこれ3代目です(笑)。昼食ならまだしも、酒の席でマイ箸を使うと持って帰るのを忘れてしまうんですね。酒も入っているし、店内も大概暗かったりするし…

まあ箸に限らず、TPOを考え私物を使い捨てを使い分ければいいのではと思います。でも一時期流行ったマイ箸をいまだ使っている人はあまり見なくなりましたね。このまま褒章もらえるまで続けてみようかなと思います。オシッ!!

スポンサーだけを見ているキャッチコピー

f:id:liveupworker:20170529200224p:plain

以前、予備校に勤務していた友人に、予備校の広告(例えば新聞の折り込みチラシなど)はなぜあんなに数字の羅列ばかりで、デザイン性も希薄でセンスがないのか? と聞いたことがあります。「数字の羅列」というのはつまり「〇〇大学 △△名合格!」といった具合に、有名大学に何名の生徒を合格させたか、その学校名と人数をひたすら並べてあるだけのもの。どこの予備校も似たような内容なので、非常に面白みに欠けたものだと思いました。

すると彼の答えは「子どもを予備校に行かせるのは親。つまりカネを出すスポンサー(=親)に訴求できる内容であることが絶対条件なんだ」とのこと。デザインやセンスよりも数字が肝な世界なんだと納得しました。

さて、最近インターネットを見ていてちょっと気になった広告のコピーがあります。

親を預けたくなる老人ホーム

というキャッチコピー。つまりアットホームでとても居心地がよく、家族は安心して高齢者を預けられますよという点をPRしているものだと思います。

ただしこのコピーは、あくまで「両親をホーム(施設)に入れることを検討している家族」に向けたメッセージで、そこに肝心の入居者の意思は含まれていません。

実際、年老いた両親の意思とは関係なく、家族介護に限界を感じ有料老人ホームやサ高住などの受け入れ先を探している家庭も多いとは思うのですが、中には身寄りが居ない、家族に迷惑をかけたくないといった理由で、年金や退職金をねん出し、自ら進んでこういったホームを探している初老の方もいます。

予備校の場合、100%「スポンサー=親」というのが現実でしょうが、老人ホームの場合、100%「スポンサー=同居家族」とはなりません。

これからの高齢者はインターネットが使える世代も増えてきて、WEBでホームを探す高齢者も出てくることでしょう。同時に住み慣れた土地や家族と離れたくないという思いもあります。老人ホームの事業者も広告の制作者もポータルサイトの運営者も、もう少し入居者の心情を第一に鑑みた広告アプローチをしていく必要があるのでは? と思いました。

 

 

仕事

f:id:liveupworker:20170513172345j:plain

先日の産経新聞の記事によると、2017年度新入社員を対象にしたアンケートの結果、仕事における「給与」よりも「休日」の方を重視する新人が多いことがわかりました。2004年度に調査を開始してから、休日が給与を上回ったのは初めてのことだそうです。

「給料より休日」初めて上回る 新入社員意識調査 私生活重視の「自分ファースト」 (産経新聞) - Yahoo!ニュース

なんかこんなことを書くと「ゆとり教育が~」とか言い出す人もいそうですが、こないだの電通の過労死事件に代表されるように、ブラック企業・ブラック体質がメディアでクローズアップされることが目立つようになった結果、就職を控えた学生たちが働くことへの恐怖を覚えるようになり、自然と自己防衛の意識が芽生え「給与<休日」という調査結果に表れたような気もします。

ブラック企業かどうかを計る基準に「残業」があると思います。入社前に契約書に目を通すことになりますが、そこにも一日の勤務時間はきちんと記されています。どうしても仕事が終わらない場合は残ってでもやらなくてはいけません。ただその仕事量が膨大なものになり、毎日の帰宅が終電もしくは電車がなくなりタクシーで帰宅するなど、明らかに個人が持てるはずの休息時間が逼迫し、最悪のケースでは休日も会社に出てこなくてはいけないケースもあります。

残業や休日出勤に手当が付き、働いた分がちゃんと給与に反映されるのならばまだマシでしょう。ひどいケースでは「裁量労働制」を言い訳に、鬼のような仕事を課して、残業代をまったく出さない会社もあります。

ただ仕事というのは必ずしも時間軸で管理できるものではありません。例えば工場でも、終業後床にねじ1本でも落ちていようものなら、血眼になって欠陥箇所を洗い出さなければ翌日の操業につなげられませんし、重大な事故を引き起こす可能性だってあります。残業代が発生する・しないに関わらず、休息が削られたとしても最後までやり遂げることが社会に対する責任です。

仕事って経験を積むほど色々なことが見えてくるようになり、自身のスキルが上がれば周りも認めてくれるようになります。ただそのためには、就職してからしばらくは社業に打ち込む時期も必要。もちろん悪質なブラック企業を厳しく取り締まることは重要ですが、仕事も始めていないうちから仕事重視かプライベート重視かを測りにかけず、まずは早く一人前になることを心がけてほしいと思います。

 

編集後記~ ペットの高齢化と飼い主の高齢化

f:id:liveupworker:20170507205941j:plain

ゴールデンウィークももう終わり。明日から平常運転の方も多いことだと思います。今年のGWは高校の先輩の結婚式が立て続けにあったほか、妹の家族が我が家に遊びに来たり、約3年ぶりのボウリング(一応3ケタスコアは行ったぜ~)をしたりなど非常に充実していました。

そんなこんなでブログもサボっていましたが、4月号の特集は

第18回特集:ペットの高齢化を考える 介護の応援マガジン Live-up works

もともとペットの高齢化問題はずっとやりたいと思っていたテーマでした。僕の実家でも老犬を飼っていたことがあるのですが、年齢に応じた正しい老犬のケアもわからず、最期は病気で辛い思いをさせてしまったと家族で罪の意識を感じたことがあります。

人間と同様に年齢によって起こりやすい病気、ケガのリスクがある上、犬種によっても注意しなければいけない病気などもあります。食事をあげるタイミング、摂取量、日々の散歩といった運動、排便の観察など飼い主として心得ておかなければならないことが山ほどあり、加齢と同時にその特徴、傾向も時々刻々変わっていくことがわかりました。

同時に人間の高齢化、つまり飼い主である自分たちが歳をとったときにどのようにペットと付き合っていくかといった現実も考えなければいけない問題です。単純なケアだけでなく、人間とペット、ともに齢をとった者同士どうやって共存していくか、もちろん家庭の事情やお互いの年齢、既往歴なども複雑にからんでくるため、一概に正しいアドバイスは難しいとは思いますが、今回の特集が高齢ペットを抱える人たちの一助となれば幸いです。

 

 

F1と少年ジャンプと非国民

f:id:liveupworker:20170409133551j:plain


サッカー・ワールドカップの出場国が、2026年大会より32→48か国に増えることになりました。これによってアジア圏の出場枠が4.5→8に拡大され、日本を含むより多くの国が世界の檜舞台に立てる可能性が高くなりました。

日本は1998年のフランス大会以降全大会に出場しており、国レベルでのサッカー人気も高まってきています。最近じゃ、重要な代表戦のある日の夜は、渋谷あたりでサポーターたちが奇声をあげたり街中をゴミで散らかしたり、マナー面の悪さが度々問題視されていますが、それでも国を挙げて代表チームを応援する姿勢は決して悪いものではないでしょう。

日本人ならば日本のチーム、日本人選手を応援するのは当然…… と考えるかもしれませんが、この「当たり前」の概念をブチ壊そうとするキャンペーンがつい数十年前の日本であったことをご存知でしょうか?

遡って1990年代初頭。当時爆発的な発行部数を誇った『週刊少年ジャンプ』。このマンガ雑誌を発行する集英社がF1の「マクラーレン・ホンダ」のスポンサーになったのです。つい先日も、楽天がスペインサッカーチーム「バルセロナ」の次期スポンサーになることが発表されましたが、それに等しいバブリーな出来事だったと記憶しています。
ただ楽天とは違い、ユーザーがほぼ子どもに限定されるマンガ雑誌の名前でスポンサーに就いたのですから、楽天以上の大きな挑戦とも言えるかもしれません。

当時のマクラーレン~は、かのアイルトン・セナ、ゲルハルト・ベルガ―を擁するチャンピオン格のチームで、他のチームにもアラン・プロストナイジェル・マンセルネルソン・ピケジャン・アレジ、ミカエル・シューマッハーなど錚々たるビッグネームが名を連ねます。

マクラーレン自体はイギリスのチームですが、ホンダがエンジンを提供していたこともあり、ネームバリューと日系のつながりを重視してスポンサー選びをしたことだと思います。そのジャンプも誌面で大々的なキャンペーンを展開し、巨人・大鵬・卵焼きと並ぶような「子どもの好きなもの」にF1というスポーツ、そしてマクラーレン~というチームを刷り込もうとしていたのだと思います。

ただ当時のF1には中嶋悟鈴木亜久里という日本人ドライバーが居ました。F1はほぼマシンのエンジンの性能で勝負が決まると言われる世界。強豪チームと比べ低性能なエンジンであったこの2人のチームが表彰台に立つことはなく、ジャンプ読者の中でも、この2人の存在は知ってはいるものの日本人である彼らを応援しようとする声は一切聞かれませんでした。

そればかりかジャンプ読者のクソガキどもは、彼らを貶めるような行動までとっていました。同誌の最後のページに「ジャンプ放送局」という、読者から投稿されたハガキを紹介するコーナーがあるのですが、当時寄せられたハガキの内容には以下のようなものがありました。

アイルトン・セナはスリックタイヤ。中嶋悟はリタイヤ

(ことわざの「無理が通れば道理が引っ込む」とかけて)セナが通れば悟は引っ込む

など恐れを知らないクソガキの投稿とはいえ結構ドギツいものがありますが、こういった内容を臆することなく編集部は次々掲載していました。

実際、多くの人たちが、小さいころから森〇学園のような愛国心を育んだ教育を受けているわけでもなく、そのためブームに乗じて国(日本人)を応援したり、応援しなかったりする軟弱な精神が培われたのだと思います。イギリスではサッカーのフーリガン(暴徒)が社会問題(例えるならば日本の暴力団抗争と同じレベル)になっていますが、熱しやすく冷めやすい程度の愛国心がある日本ではそのような問題にまで発展する危険はなさそうです。“渋谷あたりで騒いでいる人たち”も、仮に日本がW杯予選で敗退すれば、恐らく本大会なんて見向きもしないでしょう。

結局は、自分が楽しめる範囲で、周囲にさしたる迷惑をかけず適度に応援することが
スポーツビジネスとうまく付き合っていくために必要なことではないでしょうか?
周囲がみんな松〇安太郎みたいだったらうるさくて仕方ないですよね…?


あと最後に、トップの写真によ~く目を凝らすと「ジャンプ」のロゴが確認できます。
集英社はこんな豆粒みたいなロゴのためにいくら払ったのでしょうかね? てか外国人カタカナ読めないし。

 

 

原作に触れてみよう!

f:id:liveupworker:20170228213231j:plain

去る2月16日、オランダの絵本作家・グラフィックデザイナーのディック・ブルーナさんが亡くなりました。ブルーナさんは、あの有名な「ミッフィー」の原作者で、日本でも絶大な人気を誇ります。日本ではアニメにもなって、ミッフィーのキャラをあしらったグッズなども多数販売されていますね。

世界中に数ある「キャラもの」ですが、ブルーナさんは独自のこだわりを作品に詰め込んだ人でもありました。イラストのキャラはすべて正面向き(たとえ体が横を向いていても)。絵本を読む子どもがしっかりと登場人物をキャッチできるよう、必ず対面にしていたそうです。色もシンプルに原色だけの色使いでした。

またミッフィーシリーズとは別に、車いすの主人公の作品も描いており、こういった発想が素直に出てくるのも、ノーマリゼーション教育に熱心な欧米ならではと言えるかもしれません。

 

ただ僕は男のせいか、少年時代にブルーナさんの作品にのめり込むようなことはありませんでした。代わって好きだったのが『機関車トーマス』シリーズでした。

機関車トーマス』シリーズは、フジテレビの『ひらけ!ポンキッキ』の番組内でアニメ化されたことで、日本でも一躍人気キャラとなりました。しかしこの『機関車トーマス』という名前は、日本の会社が番組の制作上付けた邦題であって、本来は『汽車のえほん』という名前でポプラ社から出版されていたものです。さらに遡れば、原作はイギリスの牧師ウィルバード・オードリーさんが子どもたちに読み聞かせる物語から始まりました。小さいころ、この絵本が大好きで、毎週のように図書館に行き、シリーズ全巻をしっかりと読破しました。まあ小さいころから電車が好きというのが関係していたのでしょうが…

アニメは詳しく観ていないのですが、オリジナルは巻ごとに主人公の機関車が異なり、決してトーマスありきではないんですね。きれいなイラストに個性豊かな機関車たち。僕のイギリスかぶれもこのころから始まったのではないかと(笑)。

結構な数の作品が刊行されましたが、合計3人の画家がイラストを描いています。最後の方の作品になるにつれ、劇画チックな油絵のタッチになっていき、正直子どものころは後期の作品があまり好きになれませんでした。それでも一つの作品内で生じるいくつかの変化も、その作品の個性を際立たせるエッセンスのような気もします。

ジオラマを使用したアニメも高い評価は受けているみたいですが、背景ののどかな田園風景の再現など、ディテールまでは忠実に絵本を再現しておらず、やはり物足りなさを感じます。トーマスシリーズに限らず、どうしても日本で販売(放映)されるものは日本人の嗜好にアレンジされていたり、CG技術の発達と引き換えに、作品の微妙な表現のニュアンスが失われていたりします。

ポンキッキのアニメを機にトーマスファンになってくれた子がいたら、それは先輩(?)としてうれしいですが、彼らやお母さんたちにこう言いたい。

ぜひ原作を読んでみろ!!

今やディズニーのキャラクターとして、すっかり市民権を得ている『くまのプーさん』だって、元はイギリスのA.A.ミルンの作品。こちらの原作も、イギリスの田舎の様子が描かれている味わい深い作品です。

洋書を取り扱っている本屋、または中古市場などを探せば原作も手に入ることでしょう。海外旅行のときに本屋を巡ってみるのもいいかもしれません。

「故きをたずね、新しきを知る」ことも、一つの作品を十分に楽しむために必要な気がします。